大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岡山地方裁判所倉敷支部 平成6年(ワ)175号 判決

岡山県浅口郡鴨方町大字六条院中二九六五番地

原告

岡山手延素麺株式会社

右代表者代表取締役

横山順二

右訴訟代理人弁護士

丹羽一彦

右同

田中克幸

右同

山川明徳

岡山県浅口郡鴨方町大字六条院東三二九四番地の一

被告

かも川株式会社

右代表者代表取締役

虫明茂松

右訴訟代理人弁護士

小林淳郎

右訴訟復代理人弁護士

佐藤演甫

主文

一  被告は、別紙第一目録表示の標章を素麺の包装に付し、又はこれを付した包装による素麺を販売し若しくは販売のために展示してはならない.

二  被告は、被告が住所地において占有する別紙第一目録表示の標章を付した包装用資材(包装用紙、包装用袋を含む。)を廃棄せよ.

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨の判決及び仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  事案の概要

一  前提事実

1  原被告は、いずれも麺類の製造販売を業とする株式会社である(争いのない事実)。

2  原告は、別紙第四目録記載の標章(以下「旧登録商標」という)につき、昭和四九年五月一三日出願、昭和五三年七月四日出願公告、昭和五四年三月二四日登録、登録番号第一三七五四九一号、指定商品第三二類そうめんとする登録商標権(以下「旧商標権」という)を有していたが、同登録が平成元年三月二三日存続期間満了により抹消登録されたため、別紙第二目録記載の標章(以下「原告登録商標」という)につき、平成元年三月二〇日出願により、次の登録商標権(以下「原告商標権」という)を取得した(甲三、甲八、九、弁論の全趣旨)。

登録番号 第二六二〇四〇三号

指定商品 第三二類

加工食料品、その他本類に属する商品

出願 平成元年三月二〇日

公告 平成四年六月二九日

登録 平成六年一月三一日

3  原告は、原告製造の素麺に旧商標権及び原告商標権に基づいた別紙第三目録記載の標章(以下「原告商標」という)を付し、これを岡山県、広島県及び愛媛県において昭和四〇年頃から販売しており、同地域内において、原告商標の付された素麺は原告の商品として広く認識されている(甲三、弁論の全趣旨)。

4  被告は、平成六年二月頃から、別紙第一目録記載の標章(以下「被告商標」という)を付した素麺を製造し、これを岡山県、広島県及び愛媛県において販売している。

5  被告は、別紙第五目録記載の標章(以下「被告登録商標」という)につき、次のとおりの登録商標権(以下「被告商標権」という)を有している(乙三、四、弁論の全趣旨)。

登録番号 第二四〇四七三八号

指定商品 第三二類

うどんめん、そうめん、そばめん、中華そばめん、その他本類に属する商品

出顧 平成元年一月一一日

公告 平成三年八月七日

登録 平成四年四月三〇日

二  争点

本件の争点は、〈1〉被告商標が原告登録商標と類似し、その使用、所持が商標法三七条に該当し、原告が同法三六条に基づく差止請求権を有するか否か、〈2〉被告商標の使用等の行為が不正競争防止法(平成五年五月一九日法律第四七号)二条一項一号(改正前の不正競争防止法(昭和九年三月二七日法一四号(以下「旧不正競争防止法」という)二条一項四号)に該当し、原告が同法三条に基づく差止請求権を有するか否か、にある。

(争点についての原告の主張)

1 被告商標と原告登録商標の類似性

(一) 原告登録商標は、文字と図柄を結合させたものであり、その構成は「かも川」の文字を扇形の枠内に配し、内枠の外に長方形の枠を設け、内枠と外枠の間に一対の竜が雲中に対峙している図柄を配するものである。

これに対し、被告商標も、文字と図柄を結合させたものであり、その構成は、「桃太郎かも川」の文字を扇形の枠内に配し、内枠の外に長方形の枠を設け、内枠と外枠の間に一対の鳳凰が雲中に対峙する図柄を配するものである。

(二) 商標が類似であるということは、取引の経験則に照らし出所の混同を生ずるおそれのある商標で、その外観、呼称、観念の三つのうちの一つ以上が類似しているか否かということといわれている。取引の経験則に照らしてみる以上、二つの商標を並べて対比する(対比的観察)のは、商標の類否の判定方法として適当ではなく、むしろ時と処を異にした場合、通常人が二つの商標を間違えるかどうかという離隔的観察によって判断すべきものである。類否の判定にあたっては、両商標が商品を識別するための標識として相紛らわしいかどうかを全体的に観察し、次いで通常人が商品購入時にどこを識別機能ある部分(要部)と考えて商品又はその出所について誤認又は混同を起こすか否かを判定すべきものである.

(三) 原告登録商標と被告商標を比較観察してみると、

(1) いずれも文字と図柄を結合させ、中心に扇形の枠を設け、その中に「かも川」「桃太郎かも川」の文字をそれぞれ配している。

(2) いずれも外に長方形の外枠を設け、内枠との間に一対の竜又は鳳凰をそれぞれ雲中に対峙させている図柄である。

(3) 中央の扇形の上に、横にしたリボンの図形及びこれより小さな横長の長方形がそれぞれ配してある。

したがって、外観上両者はあたかも同一の製造業者から販売されているかのような印象を消費者等に与え、「かも川」手延素麺又はその出所の同一性について混同を生ぜしめているし、そのおそれは著しい。したがって外観上著しく類似している。

また、被告標章はその中央部の「桃太郎かも川」の文字についても、「桃太郎」の部分はおとぎ話で有名な名称に過ぎず、その「桃」については「備中特産」の観念を与えるのみで、あくまで「かも川」の枕詞という役割に過ぎない。とすれば「桃太郎かも川」は「かも川」と観念及び呼称の点で同一又は類似である。

(四) また以上の点に加えて、原告商標と被告商標を比較すると、

(1) 両者の外枠及び扇形の内枠はいずれも金色の線からなる縁取りで、両枠間の図柄も地色に紺色の雲を配したうえ、金彩色の竜や鳳凰をそれぞれ対峙させたうえ、扇形の両脇の金彩色の胴や羽の断片に赤炎をそれぞれ複数配している。

(2) 中央の扇形の上に、リボン様の図形内に金地に赤字で「手延素麺」とし、かつリボンと扇形の間にある横長の長方形の中に赤地に白字で「極寒製」と記しているのも共通である。

(3) 中央の扇形は白地とし、金の縁取りをした「かも川」「桃太郎かも川」の文字はそれぞれ紺色で記し、その両脇に赤色で「登録商標」「風味絶佳」と記している。

したがって、被告商標は、商標法上原告登録商標に類似であり、不正競争防止法上、原告商標と類似である。

2 被告の不正競争目的

被告は、従前原告商標と同一又は類似の商標を付して素麺を販売していたが、平成五年一二月一四日に岡山地方裁判所倉敷支部平成五年(ヨ)第三〇号仮処分命令申請事件で「かも川」商標を付した素麺の販売等を禁ずる仮処分命令が出されたため、その使用を中止したものであった。その後被告は、従前の商標を一部変更した被告商標を付した素麺を平成六年二月頃から製造、岡山県、広島県及び愛媛県で販売し始めたものである。被告は、従前の、すでに使用を禁じられた商標に類似した被告商標を作ってこれを使用することにより、従前の顧客をつなぎとめようとしているものである。

3 誤認混同及び営業上の利益の侵害

被告商標は、結局原告商標の「かも川」の文字と竜の図柄を、それぞれ「桃太郎かも川」の文字と鳳凰の図柄に変えたものに過ぎず、原告商標と極めて類似するものである。したがって、被告商標を付した素麺を製造、販売する被告の行為は、原告素麺との間に誤認混同を生ぜしめるものであることは明白である。そして右誤認混同によって原告の営業上の利益が既に侵害され、将来において更に侵害されるおそれがある.

4 旧不正競争防止法六条の主張について

(一) 現行不正競争防止法においては旧不正競争防止法六条は削除されており、その適用はあり得ない。

(二) 現行法上、被告商標の使用が被告商標権の正当な行使と認められるか考えてみると、被告商標は、その形態が被告登録商標と大きく異なり、被告商標権の正当な行使と認められないことは明らかである。

(三) そもそも、商標権は、指定商品について当該登録商標を独占的に使用することができることをその内容とするに止まるものであり、指定商品について当該登録商標に類似する標章を排他的に使用する権能までを含むものではなく、ただ、商標権者には右のような類似する標章を使用する者に対し商標権を侵害するものとしてその使用の禁止を求めること等が認められるのに過ぎないのであり、登録商標それ自体ではなく、それと類似する標章を使用することは、旧不正競争防止法六条にいう「商標法により権利の行使と認められる行為」にも該当しないものである。

本件において、被告登録商標は、「桃太郎かも川」なる文字だけで構成されており、その文字も横書きであり、書体も角張ったゴシック的なものを使用しているが、被告商標は、文字と図柄を結合させたものであり、その構成は、「桃太郎かも川」の文字を縦書きでかつ角が丸く肉太な書体で扇形の枠内に配し、内枠の外に長方形の枠を設け、内枠と外枠の間に一対の鳳凰が雲中に対峙する図柄を配するものであり、商品識別力を持ち、要部と考えられる「桃太郎かも川」の文字が共通している点で両者に類似性があると判断される可能性はあり得ても、その対比上、両者が異別のものであることは明らかである。特に、被告登録商標は文字だけで構成されているのに対し、被告商標は、文字の周りに色付きの大きな図柄を結合させているものであって、これを見る者に全く異なった印象を与えるものであり、このことだけからも両者が異別であることは明らかである。

(四) よって、旧不正競争防止法六条の適用の余地がないことは勿論、被告商標権の正当な行使でないことも明白である。

(五) さらに、仮に被告商標の使用が被告商標権の行使であるとしても、その具体的な使用態様は、そもそも被告登録商標の出願が原告の旧登録商標のブランドの信用、顧客吸引力を利用する意図の下に、かつ原告に対して何らの通知もせず了解も得ないまま背信的な態様で行われたことや、「かも川」自体の使用が仮処分命令で禁止された後に、その代わりとして「桃太郎かも川」を使用開始したこと等に照らすと、明らかに被告商標権の使用についての権利の濫用であり、正当な権利の行使とは言えない。

5 原告の特許庁における登録異議手続での「主張」について

(一) 兵庫県手延素麺協同組合は原告の原告登録商標の登録申請に対して「縦長長方形枠内の中央に縦長白板長方形を配し、縦長長方形枠との間隙に頭を上にして対峙した二つの竜が雲の中を昇っているさまを表してなる図形商標」(「雲竜」図形)は同組合の周知著名商標で、原告登録商標はこれに外観上類似しているから商標法四条一項一〇号及び一五号により登録要件を欠いているから登録すべきではないと異議申立したものである。右組合が周知著名商標と主張しているのは「揖保乃糸」その他の文字部分を全て除外した「雲竜」図形そのものが右組合の商標として周知著名であると主張したものである。

これに対し原告は、原告登録商標には「かも川」の文字が扇状白抜部内にあり、取引上「かも川」が要部とされるもので、引用の「雲竜」図形とは非類似であると反論したのに対し、特許庁は「単に輪郭図形のみを抽出して取引するものとは認め難い」し、提出証拠は「引用商標の図形部分のみを使用して周知、著名であることを証明し得るものではない」として「申立人の引用する商標の図形部分が、本願商標の登録出願時において取引者、需要者の間に周知、著名になっているものとは認め難い」と判定した。

つまり、特許庁は類似非類似につき判断をする以前に、異議申立人の「雲竜」図形が右組合の出所標章として周知著名であるとの証拠は無いとしたものである。

(二) 右異議手続で、原告が「揖保乃糸」商標との比較を論じ、かつ文字と図形の結合商標につき「不登録事由」判定段階における類否判定の一般論を述べたことは事実であるが、これらは本件の如き「侵害」事件において、侵害商標が登録商標又は周知商標と類似しているかどうかの議論に直接関係ないから、禁反言法理の働く余地はない。本件で問題なのは、原告登録商標又は原告商標と被告商標とが双方使用されると取引段階において出所の混同が生ずるか否かの問題である。双方の商標の「装飾的部分」が酷似していれば、通常の需要者、取引者は両商標の類似性にまず注目することとなる。本件では中央部の文字「かも川」の観念、外観、呼称がいずれも周知であり、右にみた類似の「装飾的部分」に加えて、被告が中央部に「桃太郎かも川」の文字を使用して同じ手延素麺を販売するために、需要者や取引業者は被告商品と原告商品は出所が同一であると誤信してしまう。換言すれば、同一商品もしくはそのシリーズ品と誤信してしまう。これはすなわち、出所の混同が起きたと言うべきものである。

(三) 「揖保乃糸」の商標と原告商標とを対比すれば、図柄部分は酷似していても、中央の文字部分により彼此判然と区別しうるから、両商標の混同は生じない、非類似である。しかし原告登録商標又は原告商標と被告商標を対比すれば、「かも川」の観念、呼称、外観の各点で類似するのみならず、図柄部分の酷似性も右類似性を一層増幅させる効果がある。

6 先使用権の主張について

(一) 被告が原告商標を従前使用してきたのは、原告からの使用許諾に基づいていたもので、原告商標についての通常使用権を行使していたからといって、先使用権を取得するものではない。通常使用権者の使用は、商標権者の使用に帰するものである。周知性についても、被告の出所表示として周知なのではなく、商標権者の出所表示として周知化したものである。したがって被告の出所表示としては周知化し得ない。

(二) また被告商標は、平成六年二月頃初めて使用したものであり、原告登録商標の出願前周知の要件を欠いている。

(争点についての被告の主張)

1 「かも川」と「桃太郎かも川」は、外観、呼称、観念のいずれを取っても類似していない。「桃太郎かも川」は、「かも川」とは別異な被告の商標として登録されているものである。「桃太郎かも川」の文字は一体不可分の結合商標として登録されているのである。したがって「桃」とか「桃太郎」とかは分離して判断すべきでない。原告登録商標及び原告商標と被告商標とは類似していない。原告主張の1(四)の(1)ないし(3)は模様の比較であるが、右模様は、原告商標及び被告商標ともに伝統的な地模様であり、商標の要部ではない。要部は文字である。原告は部分的な一致点のみをことさら取り上げて強調しているのであり、全体の図柄は両者明らかに異なるものである。特に竜と鳳鳳とは異なる印象を与えるものである。

2 原告主張の2の点は争う.

3 「かも川」と「桃太郎かも川」の文字及び「竜」と「鳳凰」の模様は、外観、呼称、観念とも全く異なるものであり、とうてい類似しているとは言えず・これによって原告商品と被告商品の誤認混同を生ぜしめるものではない。

原告と被告は、昭和五八年頃から平成五年頃までの約一〇年間同じ原告商標を使用してきたにもかかわらず、両者の商品はその出所について何ら誤認混同を生ぜず、何一つトラブルも発生しなかったのであるから、この度突然原告商標と全く異なる被告商標が、原告商標と誤認混同を起こすようになる筈がない。原告の営業上の利益が過去に侵害されたこともないし、将来にわたって侵害されるおそれもない。

4 旧不正競争防止法六条の適用

(一) 被告は、被告登録商標に基づいて被告商標を作成し、これを使用しているものであるから、旧不正競争防止法六条の適用があり、不正競争防止法に基づく差止請求権は発生しない。

(二) 旧不正競争防止法六条は改正不正競争防止法によって削除されたが、同法の施行日は平成六年五月一日であるところ、原告登録商標が登録されたのは同年一月三一日であり、被告が被告商標を創作したのは同年一月二八日であり、被告はまもなくその使用を開始した。したがって、被告は被告商標を使用し始めたときは、自己の商標権に基づいて使用するものと考えていたうえ、他に竜の図柄の商標も登録されていないと信じていたのであるから、何の疑問もなく使用を始めたのである.

(三) 被告登録商標と被告商標とは異別のものではない。けだし、被告登録商標の横書きの「桃太郎かも川」の文字を縦書きに肉太に書くことは、登録商標の使用態様の範囲内であるから、登録商標そのものの使用として当然認められるものである。また文字の周囲に鳳凰の地模様を配すことは何ら問題になるものでなく、右地模様は商品識別力はないものであるから、右地模様を配したからと言ってそれによって被告登録商標と別異の商標となるものではない。

(四) 仮に「桃太郎かも川」と「かも川」が類似しているとしても、被告は原告商標を約一〇年間も使用してきたのであるから、被告が被告商標を使用したからと言ってあらためて原告の信用や顧客を奪うものではなく、被告の被告商標の使用は正当な権利であり、何ら権利の濫用に当たるものではない。

5 原告の主張における禁反言の法理違反について

(一) 原告は、被告商標の一対の鳳凰が雲中に対峙する図柄は、原告登録商標の一対の竜が雲中に対峙する図柄に類似し、出所の同一性に混同を生ぜしめると主張する。

(二) しかしながら、右主張は、原告が原告登録商標の出願中に特許庁に対してなした主張とは、全く矛盾するものである。

(三) すなわち、原告登録商標は、平成四年六月二九日に出願公告となったところ、これに対し同年八月二七日に兵庫県手延素麺協同組合が異議申立をし、異議理由として、原告登録商標の頭を上にして対峙した一対の竜が雲の中を昇っている図形は異議申立人の使用する著名商標に類似すると主張した。

(四) これに対し、原告は平成五年三月一七日に答弁書を提出し、その中で「本願商標を全体として観た場合、大書された「かも川」の文字が顕著に目に映り、同文字並びに扇状白抜き部分の背後に描かれたうず巻と竜どおぼしき図形は一見しただけでは何の図形か直ちには判断できず、取引上一般には単なる地模様としてのみ観取されるに過ぎない」と主張し、さらに「本願商標は、その構成上、「かも川」の文字部分が商標の要部と認められ、図形部分は自他商品を識別する機能のない単なる装飾的部分として一般に認識されるものであるから、他の商標と類否判断に当たって商標の要部たり得ない同部分を抽出対比するのは適当ではない。竜の図は中国伝来の食品に古くから慣用され、対峙した二頭の竜の図形は麺類の慣用標章であり、かかる図形部分を抽出して商標の類否を判断することは失当である。」と主張した。そして「原告が昭和四〇年頃から使用してきた本願商標と大略同じデザインのラベルは、今日まで一度も異議申立人の「雲竜」図形のデザインのラベルを使用した商品と混同されたことはない。異議申立人の同図形を表示したラベルには「揖保乃糸」の商標が表示されており、取引上は同商標をもって呼称されるからに他ならない。」と主張した。

(五) その後平成五年五月一〇日特許庁は、登録異議申立は理由がないものと決定し、その中で「取引者、需要者は「イボノイト」の呼称をもって取引する場合があるとしても、単に輪郭図形のみを抽出して取引するものとは認め難いものである。してみれば本願商標を出願人がその指定商品に使用しても、申立人の商品との間に出所の混同を生ずるおそれがないものとするのが相当である。」と認定した。

(六) 右の如く原告は特許庁で「雲竜」は単なる地模様であり、識別機能を有しないと主張したのであるから、それに反する主張を裁判所ですることは禁反言の法理から許されないものと言わなければならない。

6 先使用権の主張(仮定主張)

(一) 原告は原告登録商標につき平成六年一月三一日に登録を得たものであるところ、被告は原告との間の昭和五八年二月二一日付商標権使用契約公正証書により、原告登録商標に基づいた原告商標を昭和五八年から引き続き、仮処分命令のあった平成五年一二月一四日の前日まで平穏公然に使用してきており、そのため原告商標が被告の素麺を表示するものとして取引先や消費者の間に広く認識されるに至ったのであり、現在はやむをえず使用を一時中断しているが、被告は原告商標については現在も先使用権を有しているものである。

(二) したがって被告は、原告が原告商標と類似すると主張する被告商標の使用についても当然先使用権を有するものである。

第三  争点についての判断

一  原告登録商標及び原告商標と被告商標との類似性

1  商標ないし不正競争防止法上の商品表示としての商標の類似とは、取引上の経験則ないし取引の実情に照らし、その外観、呼称、観念のいずれか一つ以上の要素において相紛らわしく、同一又は類似の商品に用いられた場合に取引者又は需要者によって商品の出所が混同される程度に紛らわしい場合を言うものであって、その類否の判断は、右三要素につき全体的かつ離隔的に対比観察して行うべきである。また不正競争防止法上の商品表示の類似とは、これに加えて各商品主体の競業関係の有無、商品表示の選択の動機をも考慮に入れ、商品主体の混同が生じるか否かを判断して行うべきである。

2  これを本件の原告登録商標と被告商標との関係においてみると、

(一) 別紙第一目録及び同第二目録を対比すると、外観において、両商標には、争点欄原告主張の1の(一)及び同(三)の(1)ないし(3)の特徴が観られることが認められるほか、両商標の「桃太郎かも川」及び「かも川」の文字はいずれも縦書の肉太毛筆体であり、ことに「かも川」の文字部分はほぼ同様の筆体であることが認められる。そうすると、両商標の間に観られる、〈1〉竜と鳳凰の違い、地模様の雲の微妙な差異、上部リボン内の文字の有無、リボン下の横長長方形内の文字の有無、〈2〉内枠内に記載された文字の差異(原告登録商標には、「かも川」の左側に「備中特産」との記載があり、被告商標には、「桃太郎かも川」の左右に「登録商標」「風味絶佳」との記載がある。)及び〈3〉原告登録商標の「かも川」と被告商標の「桃太郎かも川」との文字の差異を考慮しても、なお両商標はこれを離隔的、全体的に観察すると、外観において類似と言うべきである。けだし、〈1〉の点は地模様の細かな差異であって全体的に観ると容易に彼此の混同を生ずる程度のものであるし、〈2〉の点はいずれも一般名詞による、かつ素麺等の商品に頻用される修飾語であって、各文字の位置、多きさに照らしてもこれらが両商標を判然と区別する標識とはなり難いし、〈3〉の点は両商標の外観上最大の差異ではあるが、「桃太郎かも川」は、「かも川」に「桃太郎」との修飾語ないし限定を付したものであるところ、「桃太郎」は固有名詞ではあるものの、著名なお伽噺の主人公の名前であって岡山県産の食料品等にはしばしば冠される名称であり、それ自体では外観上必ずしも特異なものではないことや「桃太郎かも川」と「かも川」の文字が両商標に占める位置、その書体の類似性等に照らすと、少なくとも離隔的に両商標を観察したときは、一般的な取引者、需要者にとって外観上出所の混同をもたらす程度に相紛らわしいと言うべきであるからである。

(二) 次に、両商標の呼称は、原告登録商標は「カモガワ」、被告商標は「モモタロウカモガワ」であり、その間に差異があるけれども、後者は「桃太郎」と「かも川」の複合語であり、かつ「桃太郎」の部分は前記のとおりお伽噺の著名な主人公の名前であって一般には岡山県産の食料品を意味するに過ぎない場合が多いこと、「モモタロウカモガワ」は発音として冗長であり、簡略を旨とする取引社会においてはこれを略称することが予想されること等からすると、被告商標は「カモガワ」として呼称されることが予想され、加えて証拠(甲一〇ないし一三、乙六、原告代表者本人)によると、実際に市場において被告商標が「かも川」として販売、流通することもあったことが認められることも勘案すると、両商標は呼称においても一般の取引社会において出所の混同を生じる程度に類似であると言うべきである。

(三) 次に両商標から生ずる観念としては、原告登録商標から生じるそれは「かも川」との岡山県鴨方町に関係があると想起される地名(河川名)であり、被告商標から生じるそれは「桃太郎」の修飾語の冠せられた同様の地名(河川名)である。もっとも被告商標からは、右地名のほかに「桃太郎」とのお伽噺の主人公の観念も生ずるけれども、前記のとおりこれが一般的な、人口に膾灸した修飾語であることに照らすと、その印象は「かも川」のそれに比してかなり弱いと考えられ、両商標から生ずる観念は、同一ではないとしても取引社会において出所の混同を生じる程度には類似していると言うべきである。

3  そうすると、被告商標は原告登録商標との関係において、外観、呼称、観念のいずれの点においても取引者、需要者にとって出所の混同を生じる程度に相紛らわしいものであって、商標法三七条に定める類似した商標と認めるのが相当である。

4  さらに不正競争防止法上の商品表示としての原告商標と被告商標の類似性についてみると、以上の点が同様に認められるのに加えて、別紙第一目録及び同第三目録記載の商標の対比及び弁論の全趣旨によれば、両商標には争点欄原告主張の1(四)の(1)ないし(3)の外観上の類似点が認められ、また証拠(甲三ないし六、甲一六、原被告各代表者本人)及び弁論の全趣旨によると、原告と被告は素麺の製造販売に関して岡山県、広島県及び愛媛県というある程度限定された地域において競業関係にあること、被告が被告商標を付して素麺を卸販売することによって、小売店では「かも川」印の素麺としては原告商品か被告商品のいずれか一方のみを販売することとなる傾向が生じていること、被告が被告商標を使用するに至ったのには、昭和五八年頃以降被告は原告から原告登録商標とほぼ同一の標章からなる旧登録商標の使用許諾を受け、これに基づいて原告商標とほぼ同一の商標(以下「旧被告商標」という)を被告製造販売にかかる素麺等の商品に付していたところ、被告は右使用許諾契約につき債務不履行のあったことを理由に原告からこれを解除され、平成五年一二月一四日岡山地方裁判所倉敷支部の発した仮処分命令によって旧被告商標の使用を禁じられたため、翌平成六年二月頃から被告商標を考案してその使用を開始したという経緯があることが認められ、これらの点に照らすと、両商標による商品表示は明らかに一般取引社会における混同を生じるものと言うべきであり、両者は類似していると言うべきである。

二  以上によれば、被告による被告商標の使用は指定商品である素麺の製造、販売に関して原告登録商標との関係で商標法三七条に該当し、原告には同法三六条に基づいてその使用差止及び使用組成物である主文第二項掲記の物の廃棄請求権があると言うべきである。また、不正競争防止法上、原告商標に基づく商品表示に周知性があることは前提事実3記載のとおりであり、被告商標による商品表示が原告商標によるそれと類似であることは前記認定のとおりである。また同認定事実によれば、素麺の販売等に関する、被告による被告商標の使用は原告商品との混同を生じさせる行為に該当するというのが相当であり(被告は、被告において昭和五八年頃以降原告商標(旧被告商標)を使用してきたのに原告商品と被告商品に誤認混同は生じなかったと主張するが、右の期間については、両商品に誤認混同が生じなかったのではなく、前記原被告間の旧登録商標使用許諾契約によって原被告は商標権の使用許諾者と使用権者として同一のグループを形成しており、その間の誤認混同は不正競争防止法二条一項一号に言う「他人」の商品表示に関するものと言えず、また違法性が阻却される関係にあったに過ぎないものと言うべきである。)、右誤認混同が認められる場合、他に特段の事情のない限り原告はそれによって営業上の利益を侵害されるおそれがあるものと言うべきである(本件において右特段の事情を認めることはできない。)から、原告には不正競争防止法三条に基づき、前同様の差止及び廃棄請求権があると言うべきである。

三  これに対し、被告は抗弁として争点欄被告の主張4ないし6のとおり主張するので、以下この点について判断する。

1  被告は旧不正競争防止法六条の適用を主張するけれども、同条は平成五年五月一九日法律第四七号(平成六年五月一日施行)によって改正削除されているからその適用がないことは明らかである(なお同法施行規則二条によれば、同法施行前の行為についても同法が適用される。)が、被告の主張は、被告商標の使用が被告商標権に基づくものとして一般的な違法性阻却事由の主張とも解されるので判断するに、商標権は、指定商品について当該登録商標の独占的使用権及び当該商標と同一ないし類似商標の使用禁止権を与えるのみであって、商標権者による右類似商標の使用を権利として認めたものではないと言うべきである(最三小判昭和五六年一〇月一三日)ところ、別紙第一目録と同第五目録記載の標章によって被告商標と被告登録商標を彼此比較すると、その間には、被告登録商標は「桃太郎かも川」なる文字だけで構成されており、その文字も横書きであり、書体も角張ったゴチック体に近いものであるのに対し、被告商標は、文字と図柄を結合させたものであり、その構成は「桃太郎かも川」の文字を縦書きでかつ角が丸く肉太な毛筆書体で扇形の枠内に配し、内枠の外に長方形の枠を設け、内枠と外枠の間に一対の鳳凰が雲中に対峙する図柄を配するものであるという無視し得ない差異があることが認められ、被告商標は被告登録商標と類似ではあっても同一とは認められないから、被告による被告商標の使用は被告商標権に基づく権利の行使として正当ないし違法性が阻却されるものとは言い難い(したがって仮に旧不正競争防止法六条の適用があるとしても、同条所定の権利の行使とも認められない。)。よって被告の右抗弁は失当である。

2  次に被告は、本訴における原告登録商標及び原告商標と被告商標の類似性に関する原告の主張が禁反言の法理に違反する旨主張するので判断するに、右原告の主張は特許権及び実用新案権の技術的範囲に関するいわゆる包袋禁反言の法理を主張するものと思われるところ、右法理が直ちに本件のような商標の類似性に関する主張に適用されるかは疑問がある。のみならず、証拠(乙一三ないし五八号証)及び弁論の全趣旨によると、原告は、原告登録商標の出願に対する兵庫県手延素麺協同組合による雲竜図形を引用商標とする異議申立に対し、特許庁において、原告登録商標の雲竜模様は中国伝来の食品に慣用される地模様に過ぎないこと、同商標の要部は「かも川」の文字部分であることを主張していることが認められるけれども、同証拠によると、右原告の主張は右組合が雲竜図形のみを引用商標として申立てた異議に対し、引用商標と原告登録商標の類否判断は、雲竜部分のみを抽出して為すべきでないこと、雲竜部分と文字部分を全体として比較すれば両商標間に類似性はないことを主張する前提としてなされたものであることが認められ、他方本訴における原告登録商標及び原告商標と被告商標の類似性に関する原告の主張は、両商標の図柄部分のみを抽出して類否の判断をすべきことや右図柄部分が両商標の要部であると主張しているものではなく、両商標を全体的に比較判断すべきことを前提に図柄部分もその一部として比較すべきことを主張しているものと理解されるから、原告の特許庁における主張と本訴における主張が内容的に相反しているとは認め難いと言うべきである。よって被告の右抗弁は失当である。

3  次に被告は、被告商標について先使用権(商標法三二条、不正競争防止法一一条一項三号)の主張をするので判断するに、前記認定のとおり、被告は昭和五八年頃から平成五年一二月頃までの間旧被告商標を素麺等に付して製造販売してきたことが認められるけれども、右被告による旧被告商標の使用は、前記原被告間の旧登録商標の使用許諾契約に基づく通常使用権の行使であったと言うべきであるところ、そのような商標権者から与えられた使用権に基づく商標ないし商品表示の使用によっては、仮にその結果当該商標ないし商品表示に周知性が生じたとしても、これによって商標法ないし不正競争防止法上の先使用権を取得することはできないと言うべきである。けだし、先使用権によって商標権ないし不正競争防止法上の差止請求権等を制限する趣旨は、商標登録出願時ないし差止請求権者が当該商品表示について周知性を取得した時以前から、商標権者ないし差止請求権者とは異なる独自の企業努力によって商標ないし商品表示を使用、周知させた結果これについてグッドウィルを取得し、事実上これを既得権として所有する者を保護することによって競争者間の実質的な公平を図ろうとするものであるから、右商標ないし商品表示の使用が独自の企業努力によるものでなく、商標権者から与えられた使用権に基づくような場合にはこれを保護すべき実質的理由がないからである。よって被告の右抗弁は失当である。

四  以上の次第で被告の抗弁はいずれも失当であるから、結局原告は、前記二記載のとおりの、被告商標の差止及び廃棄請求権を取得しているものと言うべきである。

第四  結論

以上の次第で、原告の本訴請求はすべて理由があるからこれを認容することとし、仮執行の宣言は付さないこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 太田善康)

第一目録

〈省略〉

第二目録

〈省略〉

第三目録

〈省略〉

第四目録

〈省略〉

第五目録

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例